そらまめ日誌

うつと戦いながら現実の流れに必死に食らいつく日々のブログ

人生初の高校受験は毎回やらかしていた

 

 

そらまめです。

 

はてなブログを始めてとうとう1ヶ月が経過しました。

いままではアメーバブログでブログを書いていて、このはてなブログでしっかりとした記事の投稿を続けてこれるか不安でありましたが、慣れてみるとものすごく使いやすくおかげさまで1ヶ月間ほぼ毎日ブログの更新をすることができています。

そんな今回の記事ははてなブログの今週のお題に基づいて「受験」について書いていきたいと思います。

 

今週のお題「受験」

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自分の人生で一番最初の受験は高校受験でした。当時の自分は中学校でいじめられっ子で高校に行ったらもっといじめられるのではないだろうか・・・という不安がありましたし、「わざわざ高校にいってまで勉強したくない」と高校受験にはとても後ろ向きで中学を卒業したら働くつもりでいました。

しかし親からは「せめて高校ぐらいは出ておけ」と言われ、親に逆らうこともできない自分はしぶしぶ受験を受けることに。

 

当時は目標も何もなくやりたいこともまったくなかったのですが、中学の担任と母親との三者面談で進路についていろいろと話し、様々な学校を紹介され、ある学科が目に留まりました。

それも福祉学科。

 

いまも実際そうなのですが、自分はものすごくお爺ちゃんお婆ちゃんっ子。

だから福祉の学科に進んで将来はお爺ちゃんとお婆ちゃんの面倒を見たいなと思いその福祉学科のある学校に決めたのですが、その学校は私立学校だったのです。

その当時は兄弟もまだ幼くて家もそこまで裕福ではなく、「私立学校の学費はさすがに払って行ける余裕がないから、公立の学校を選べ」と父親に言われそこで介護の道は断念・・・。

しかし念のためということで公立高校の”滑り止め”としてその学校を受験することはできました。

公立高校に選択肢を絞って、改めて担任の先生と相談し結局は興味もクソない工業学校を受験することに。

 

私立高校の受験

人生初の受験は内心は本命でしたが福祉学科のある私立学校からで、午前の部に筆記試験があり、午後の部の面接が待ち受けていました。

筆記試験は2教科で国語と数学。それなりに徹夜で勉強したりもしていてそこそこの出来だったと思います。緊張もあまりしなかったかな。

しかしお昼ご飯を食べているあたりから面接の緊張感でお腹を下しました。笑

幸い親から腹痛の薬をもらっていたので何とか面接までには収まりましたがあれはなかなか焦ったなぁ・・・。

 

面接は面接官が2名学生が5名の合同面接。

もう10年くらい前のことなんで質問内容は忘れたのですが、

  • 中学校生活で特に頑張ってきたことは何か
  • なぜ福祉学科を選択したのか
  • 将来どのような仕事に尽きたいか

などを聞かれたような気がします。

同じ面接グループにたった1名だけものすごく面接慣れしている他校の女子学生がいたのですが、圧倒されました。

もうなんかアナウンサーみたいに落ち着きがあって発言も流れるようにスラスラだったので一瞬で負けたなと思いました。笑

筆記試験はまずまずで満足していたのですが、その女子学生のおかげで面接はボロボロ。帰宅時は滑り止めの高校とはいえ泣きそうになりました。

 

しかし数日後、休日のお昼ごろに外から郵便のバイクの音が聞こえその数分後に親から呼び出しを受けてその受験した私立高校から分厚い封筒が届いていることがわかり、自分で開封してみると”合格”の文字が。

舞い上がって両親も歓喜しておりましたが「私立は金払っていけれん。公立校が本命やから次やぞ」とのお言葉。

一瞬で現実に戻りました。笑

 

 

 

◆公立高校の受験

滑り止めの私立高校の合格が決定し、とりあえずは高校進学という進路が決定しました。

お次はあまり気が進まなかった公立の工業高校の受験。

この受験でも2教科の試験がありましたが、少し違うのが実技試験があるということです。実技試験の内容は一枚の画用紙で指示されたモノを作るというもの。

 

自分のときは確かサイコロを作ったと思うのですが・・・。記憶があいまいです。

 

私立高校の受験に続き筆記試験はなんなくクリアしました。

が、そのサイコロで大失敗をおかします。

定規とハサミを駆使して順調に作っていたのですが、組み立て終わってからあることに気づきます。

 

一面足りない!!!!!!!!!

時間も画用紙もなくそのまま終了の合図を聞きました・・・。

 

ここは私立学校の受験から帰路につくときの感情と同じように泣きそうになりながらか帰宅。

そしてモヤモヤ感をずっと感じながらやってきた合格発表の日。

実技試験で大失態をおかしましたが、ここも掲示板で自分の番号を見つけて合格

喜んでいたのは自分よりも親でした。自分が私立にいかなくて済んだので。笑

でもまぁこのときの晩御飯で食べた合格祝いの骨付き肉は格別だったなぁ。

 

 

 

と、まぁ受験したときのことを久々に振り返ってみましたが結果的に興味のない工業高校も物凄く楽しかったです。

担任の先生は3年間変わらず学年一恐ろしいといわれる先生でしたが情のあるいい先生に当たりましたし今となればかえって良かったと思ったり。

 

いま受験でがんばっている人も沢山いるかと思われますが、結果はどうであれ良い思い出になるかと思います。

進む先には沢山の出会いが待っていると思いますのでがんばってみてください。